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ある夜の攻防

2015年3月24日 17:08(できる限り)毎日更新 乱れ書き日記

「扁桃腺のあたりに骨が刺さった」

と、家人が騒ぎ出したのはある夜の夕食後、19時25分。
嫌な予感をひしひしと感じつつ、腕を通しかけていた運動着を床に置いて「なんだって?」と聞き返す私。

「夕飯の時に食べた魚のフライに入っていた魚の骨が扁桃腺の辺りに刺さったの。痛い痛い」

情けない顔で口を半開きに開けたままそう言う家人。
嫌な予感がほぼ確信に変わりつつあることを感じる私。

と、いうのもこの日は私が一ヶ月に1回だけ許されているフットサルに出かけてもよい日であり、そのためには19時半に家を出なければ間に合わないという状況。

そもそも月に4回行けるジム会員の私が一ヶ月に1回だけしか行ってはいけないという理解不能な条件を提示されていること自体、majiでgekidoする5秒前の状態である私にとってこのタイミングでこんなトリッキーなトラブルを叫び始めた家人の言動がどれくらいイライラを煽るか、ちょっと想像してみていただきたい。

「ごはん飲み込めごはん」

「あなた、この前「喉に骨が刺さった時にごはんを飲み込むのは逆効果で患部を傷つけたりするから絶対にするな」って子供に力説してたじゃないの」

「あれはほら、子供の話でさ」

「ひどい!ねえ、骨取って

「は?!」

「喉がすごく痛いから骨!取ってほしいの!」

「ええと、今のこの俺の姿、見えるよね。運動着着替えてる最中だよね。ほぼ局部丸出しだよね」

「フットサル休んでよ 骨取って」

思わず絶句しますがこういう流れになるともはや何を言っても状況は変わらないことを心の底から理解している賢い私。パンツ丸出しのまま無言のまま洗面所へ行ってピンセットを持ってきて家人に向かいこう言います。

「寝ろ 取るから」

「ピンセット消毒した?」

「・・・・(軽く舌打ち)」

無言のままハンドソープでごしごしとピンセットを洗います。
そのままお前自身が魚みたいだなと言いたくなるマヌケな半開きの可哀想に辛そうな顔で上を向いている家人の喉のあたりに懐中電灯を照らしてみるとなるほど、確かにぶっといのが刺さっています。

「あ、ほんとだ刺さってる」

「取って!」

「取って」しか言えねえのかわざとピンセット喉の奥にぶちこんで骨の代わりに扁桃腺そのものをむしり取ってやろうかこのアマあまりの痛さに辛いんだね可哀想に、大丈夫僕が取ってあげるから任せて。

ゆっくりと喉の奥の方にピンセットを押し込みます。

「あ、ちょっとまってなんだか吐きそう

「うおっ」

ドンっと思いっきり胸を突かれてよろける私。

「あーダメダメ 吐きそう」

「ピンセットが短すぎるなこれ。腕を突っ込まないと届かないよ」

「じゃあもう仕方ないなー 病院行ってくる」

「今から!?もう7時半だよ?」

「え もうそんな時間なの?どこかやってるとこ探して。耳鼻科がいい」

衝動的に持っていたピンセットをこいつの目に突き刺してやろうかと思った。いい加減にしないとマジでお前明日の三面記事トップで賑わせてやろうかこの畜生がOK!耳鼻科だね。困った時はお互い様だよね。

遠くには行きたくないとギャーギャーのたまうのを聞きながらとりあえず一番近くの耳鼻科に電話をかけてみます。診察時間は18時半までって書いてあるからなあ・・

プルルルルル ガチャ

「はい ⚪︎⚪︎耳鼻科です」

「あ、すいません。大変申し訳ないのですがうちの家族がちょっとドラスティックに喉に骨を突き刺しまして・・時間外なのは承知なのですがなんとかできないかと思いお電話したのですが・・」

電話の向こうでちょっと困った空気。そらそうだよな。

「ええと・・今ちょうど最後の患者さんを先生が見ておられますのでちょっと聞いてみますね。ちなみにご自宅ですか?」

「あ、はい、そちらまでは徒歩で5分くらいです」

「わかりました、お待ちください」

電話が待ち受けの音楽に変わる。
ふむ、とりあえず問題なく見てくれそうな雰囲気を察したのか家人が『どう?』と口をパクパクさせながら聞いてくるので無言で指を丸めてOKだろう、というサインを送る。安堵感一杯の表情を浮かべる家人。その時に待ち受け音が途切れた。


「もしもし」

「あ、はい、もしもし」

「先生がもう今日は診察終わりなのでお受けできないとのことです」

無言のまま家人に向かって親指で首を掻っ切るポーズを送る私。
家人の安堵の表情が一瞬で怒りと驚きと絶望の混じったなんとも滑稽な可哀想ななものに変わる。


「。。。ダメだって」

「もうあの耳鼻科二度と行かない!ネットにも金銭目当ての最低最悪のクリニックって投稿する!」

「うん・・まあ気持ちはわかるけど1時間前に診察時間終わってるしな」

「ああああああもう!痛い痛い痛い痛い!!」

極度の怒りと絶望感に変なアドレナリンが分泌され始めたのか、その場でぐるぐる回りながら痛い痛いと叫び始める家人。
「黙れ!」と言うと同時に目潰しをかけてそのまま腰を背負って窓ガラスを突き破って階下へ投げ落としたい衝動が沸く愛しい家人に対してそんな仕打ちをした耳鼻科に対して私も怒りを禁じ得ない。

「どうしよう、もう!なんとかして!」

「とりあえずこのピンセットじゃ短すぎるんだよな、もう少し長いのを買ってくるか」

「ドラッグストアにならあるかも!じゃあ買ってきて!」

買ってきてくださいだろうがこのパンダ野郎!」と頂点に達した怒りに任せてリビングテーブルの上にあったガラスの花瓶をいきなり家人の脳天めがけて叩きつけ「わかった!まかしておきなさい!」と二つ返事でうなずくと千円札を握りしめて外に出ようとする。

ドアを開けると物凄い寒波に足が止まる。
なんだこの寒さ!もう3月後半なのに・・

出かけるのを躊躇するほどの寒さに心が折れそうになるのを必死でこらえながら1枚多く服を羽織り、すぐにかじかんでしまう手で折りたたみ自転車を組み立てると、「じゃあ行ってくる!」と家の中に向かって声をかけ「取れた!」

「見て!取れたよ!自分でやったら簡単に取れた!」



月に一度のフットサルをぶち壊しにされた挙句に感謝の言葉の一言すらなく寒い中パシリに遣わされる寸前でクリニックに電話までかけさせられたのに結果として自分でちょっとやったら簡単に取れるような状態であったということで。


そんな家人が私は大好きです。