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ペガサスよりキグナスが好き(前編)

2017年2月27日 16:50(できる限り)毎日更新 乱れ書き日記

【2月11日 17時47分】

「はぁ・・はぁ・・なんで・・こんなことに・・」

粉々になっている乗用車を目の前にしながら思わず言葉がこぼれ落ちました。
ふと額を拭うと汗がべったりと袖についてきます。

「くそっ・・・こんなところで死んでたまるか」

すっかり日が落ちて街頭ひとつ無い雪道・・死を覚悟したのは6年前にニュージーランド留学初日にいきなりバスを間違えて知らない街にたどり着いた挙句、街灯ひとつ無い道を地図無しでさまよいながらようやく出会った現地の人に「先週この通りでバラバラ殺人事件があったから気をつけてジャパニーズ」と言われた時以来です。

・・・そもそもの事の発端は2時間ほど前に遡ります。


【2月11日 15時40分】

天候は晴れ。
冬晴れとはいえ、それでも風は身震いするほど冷たい。

「うーん、本当に行くの?」

「うん、まあ毎年の恒例だからね」

家人の呆れた顔をできる限り見ないようにしながら愛車のオデッセイの後ろ座席を「車内泊モード」に改造しながら黙々と荷物を積み込む私。今日は私が通っている「横田プロスポーツボクシングジム」のプロと練習生からなる仲良しアウトドア集団、「保科愚連隊」の毎年恒例、神奈川県と山梨県の境にある「神之川キャンプ場」でキャンプをする、という企画。まあやることはテントを張って火を焚いてアウトドア料理を楽しんでワイワイ騒ぐ、という普通のキャンプです。ただ気温がマイナス12℃くらいのため、キャンプ中に火を絶やしたらもれなく死ぬというブッとんだ追加要素がついています。そりゃあ家人も呆れ顔します。

愚連隊の隊長である保科さんが「キャンプ場が混んでるのは嫌い」という理由で毎年この時期の開催になるのですが、隊長の願いのとおりに基本的には雪の降り積もった広大なキャンプ場に愚連隊の火だけが焚かれているというシュールすぎる光景が毎年見られます。
まあそれでも行けばバカ話しながら大爆笑しつつ火の周りで温かい料理を食べるというのは楽しく、なんだかんだで毎年参加しているわけで、今年も同じように午後休みのタイミングで一人車を走らせて行くことになっていました。

その日も晴天で、家からキャンプ場までの距離も1時間半程度のロングドライブではないので、割と気分的には余裕でした。私以外の愚連隊のメンバーはすでに現地に到達しているはずでしたので、まずはこれから向かうよ、という一報を電話にて隊長に入れます。

プルルルルル・・
ガチャ 

隊長が電話にでます。

保科隊長「杉山さん?!おっそーい!いまどこ?」

「すいません、ようやくいま出たとこですー!急いでいきますね」

そう何気なく行った瞬間、明らかに向こうの空気が変わったのがわかりました。ん?なんだ?

隊長「杉山さん・・じゃこっち着くの何時くらい?」

「えーと渋滞することはないでしょうから17時半位ですかね」

隊長「17時半・・」

呟くと隊長が現地にいる皆と何やらヒソヒソと相談し始めます。

『日、落ちてるよな』 『杉山さんタイヤ・・』 『いやマジで死・・・』

死?今「死」って聞こえたけど!?

「ほ・・保科さん?どうかしました?」

隊長「ん?あ、いや、なんでもないなんでもない」

うん、俺の死について話してたよね。なんでもないよね。

「いや・・・でもなんか・・」

隊長「大丈夫、大丈夫、ちょっと確認なんだけどさ、杉山さんタイヤはスタッドレス?」

「え?いやノーマルですけど?」

隊長「え、ノーマル!?」

向こうでざわざわとメンバーがざわついているのが空気でビンビン伝わってきます。

隊長「ちょ、ちょっと待ってね」

また向こうで何か相談が始まります。

『どうする?ノーマルだって・・』『さすがにノーマルは・・スタッドレスであれだから・・』『確実に転落死・・』

「保科さん?!」

隊長「あ、うん?なんでもないなんでもない」

確実に転落死って確実に言ったよね。

「なんでもなくないでしょ、明らかに俺の死についてポップに話してましたよね。どういうことですか?」

隊長「うーんと、まあ要するにあれだ、ちょっと道が凍結しててね」

「え、凍結ですか?こんなに晴れててもですか?」

隊長「うん。やっぱりこっちだと今の時点ですでに気温マイナスだし山道だから日陰ばっかりじゃない。まあ結構凍ってたのよ、うちらが向かってくる時も」

「結構って・・どのくらいですか?」

隊長「大丈夫だよ、スタッドレスで徐行してくればほとんど滑らなかったよ」

「ノーマルタイヤで急いで行くっていっていた俺は転落死確定ですか」

隊長「あははは、まあ来る途中で2箇所くらいで乗用車衝突事故起こしてたくらいだよ大丈夫!」

「保科さん 大丈夫の定義教えてもらっていいですか?」

隊長「大丈夫だって、日が暮れる前にたどり着けばたぶん大丈夫!ほら、男だろ、早く来てよ!」

高確率で友人を死地に追い込もうとしている人間の陽気さとは思えません。

「えっと・・本気ですか?俺一応滑り止めのタイヤスプレーしかないですよマジで。家建てたばかりだし子供二人も普通に小さいんですけど」

隊長「大丈夫だって!杉山さんなら大丈夫な気がするもん!」

どうやら隊長の第六感に命を委ねろと言うことのようです。

「・・・じゃ、じゃあとりあえず行けるとこまで行きますけど、そこまで行ってみて本気でやばかったら戻りますよ」

隊長「OK OK じゃあとりあえず来てよ!待ってるからね!」

『杉山さん来るって・・』『マジですか!じゃあ俺途中まで迎えに行かないとマジでやばい・・』『途中で戻るとか言ってるけど・・』『いや、無理でしょあそこまで行ったら一本道だから・・』

「ほ、保科さん、なんか戻るの無理とかなんとk「じゃあ杉山ちゃん!待ってるよ!」

ツーツーツーツー

一方的に通話の切れた携帯電話を呆然と見つめて立ち尽くす私。
家のドアが開いて娘が顔を出しました。

娘「あれ?おとーさん、出かけるの?」

「あ、うん。ちょっと今日はこれからキャンプにね・・」

娘「えーー!いいなあーーー!りっちゃんも連れてっt「絶対に駄目」

娘の両肩を力いっぱいつかんで言い放ちます。
びくぅっ!と驚く娘。

「ごめんね。りっちゃん・・お父さんはいつでも君たちのことを愛してるからね


と、いうわけでなぜか決死の覚悟でキャンプ場に向かうことになりました。

(後半へ続く)