HOMEタクヤブログ>ペガサスよりキグナスが好き(後編)

ペガサスよりキグナスが好き(後編)

2017年3月18日 12:32(できる限り)毎日更新 乱れ書き日記

前回を呼んでおられない方は前編をお読み下さい。

【2月11日 16時24分】

と、そんなわけで「極寒の地でキャンプをする」、という人に話せばネタになるレベルのお遊び企画に向かうためになぜか命をかけるというメロスに謝れという状況になっているわけですが、私が一人、運転する車は出発地点である神奈川県相模原市から一路、山梨県都の県境にある神之川キャンプ場へと向かっております。
出発から小一時間ほどが経過しましたが、未だ天気は快晴、かつ路面の凍結どころか雪の破片一つ見当たりません。

なんだ、俺をビビらすための壮大なブラフ(ひっかけ)だったのでは?と軽い怒りを覚えるものの、それよりも遥かに大きい安堵感に包まれながら「はじめてのチュウ」を原曲キーで熱唱しながらアクセルを踏む足に力を込めます。

さすがに16時半ごろですので少しずつ日が陰ってきており、ナビの到着時刻も17時半ごろをさしていますのでできれば日が落ちきる前にキャンプ場に到着したと同時に無駄にビビらせてくれたメンバーめがけてサバイバルナイフを振り回し「エコエコアザラ死!」と奇声を上げながら追い回したいところです。

と・・・
相模湖周辺の大きな交差点を曲がったところ、いきなり景色が白く変わりました。え?え?これなに?雪?
路面の両側に雪が寄せられ、積まれています。
本当に今角を曲がる直前まで雪の「ゆ」の字すらなかったのに、です。

「なんだよなんだよ・・」

ちょっと焦りましたが、それでも雪は既に道の両側に寄せられていますし路面の凍結もありません。大丈夫、この景色見て驚かせようっていうあいつらのブラフだ、そうに違いない。

しかしこの時既に脳内ではもう一人の自分がこう囁いていました。

『引き返したほうがいいんじゃないのかこれ』

天使と悪魔の囁きよろしく、語りかけてくる声に黙れ黙れ!と頭を振りながらそれでもアクセルを踏む足には若干力が抜けてきます。頭には可愛い二人の子供の笑顔とその横で保険金の札束を数える家人の姿が浮かびます。どうする・・・帰るか?しかし・・いや・・・

まとまりきらない思考が結局アクセルペダルをとうとう押し戻すには至らず、気がつけば日が地平線の彼方に7割ほど落ち、あたりはすっかり暗くなってきていました。そして何よりハッ!と思い至ったのがキャンプ場に向かうラスト7キロの一本道に入り込んでいたという自らの状況でした。やばい!やばい!これもうUターンできない道ぢゃねえか!

慌ててあたりを見回すと雪は道の両側へ30センチ位の高さまでになっており、なによりいつの間にか道そのものがメッチャ凍結しています!おいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおい!!慌てて速度を落としますと車体がガードレールの方へと流されていきます。ちなみに今走っているのはキャンプ場へと続く林道であり、山の中腹辺りであり、ガードレールを超えますとマリオだと確実に1機失う状況です。死に物狂いでハンドルを固定し、なんとか車体の滑りを止めます。ほおおおお・・と不気味なため息が知らず知らずのうちに口から漏れ出ます。

「もう・・進むしか無いぢゃない・・か・・」

そんな時、目前に何かやら障害物が見えてきました。

「ん?何だ・・・・!!・・あ・・・・あ・・・・・」

目の前に飛び込んできたのはスリップして追突し、粉々になった車2台とそれを片付ける警官達。私の精神に追い打ちをかける気満々なのか片方の車からは軽く煙が出ています。

「もう・・勘弁して・・くりょう・・」


【2月11日 17時47分】

「はぁ・・はぁ・・なんで・・こんなことに・・」

粉々になっている乗用車を目の前にしながら思わず言葉がこぼれ落ちました。
ふと額を拭うと汗がべったりと袖についてきます。

「くそっ・・・こんなところで死んでたまるか」

すっかり日が落ちて街頭ひとつ無い雪道・・死を覚悟したのは6年前にニュージーランド留学初日にいきなりバスを間違えて知らない街にたどり着いた挙句、街灯ひとつ無い道を地図無しでさまよいながらようやく出会った現地の人に「先週この通りでバラバラ殺人事件があったから気をつけてジャパニーズ」と言われた時以来です。


現場を片付けている警官の一人が怪訝な顔で近づいてきました。

警官「君、これからこの先に行くのかい?」

「はい・・」

警官「この先のキャンプ場の人?」

「いえ・・そこの客です」

警官「客って・・キャンプするの?こんな時間から?こんな時に?」

「えっと・・はい・・もう先に仲間は向かってまして」

警官「なんというか・・そう・・気をつけてね。って君、ノーマルタイヤじゃないか、危ないよ」

「ええ・・今説得力満載の光景見せられてますからね・・」

警官「まあここからUターンはできないから・・とりあえずアクセルを踏みすぎないことと急ブレーキはかけないこと、これだけは本当に守ってね」

警官のコメントの行間から「これ以上我々の手間を増やすなよ殺すぞ?」という言葉が漏れ出ている気がします。

「はい・・それでは・・・」

警官「はい、お気をつけて」

首を傾げている警官の横を通り過ぎ、再び真っ暗になった凍結しまくりの山道の一本道をノロノロと走り始めます。
速度こそノロノロではありますが、うっかりするとタイヤが持って行かれます。死へのリアルさ加減がマリオカートの比ではありません。一応凍結路面のスリップ防止のためのタイヤスプレーはかけてきていますのでいくらかはマシなのかもしれませんがやはりあくまでも補助的な目的のものであり、スリップ自体が無くなるレベルではありません。精神が削られまくっていきます。

「ふふ・・世界なんて滅びればいいんだ・・うふふ・・」と別次元からのコメントが口からとめどなく発せられます。独りで数百万個のドミノを並べさせられるという番組の企画で追い詰められたソニンがブッ壊れた状況に近いものがあります。

時速10キロ〜15キロくらいのヒリつき度満開の運転を続けること1時間。時計の針はすでに18時半を超えました。私の精神が音を立てて崩れ落ちる間際、ハンズフリーにしてある携帯に着信音が。ほぼ薄れかけている意識の中、車のハンズフリーフォンのボタンを押します。

キャンプを企画している愚連隊の隊長の保科さんからです。

隊長「お、杉山ちゃん!生きてる?!今どこ?!♪」
脳天気な声。語尾に♪が付いています。

保科さんはジムの先輩であり、6回戦の元プロボクサーであり、僕より戦闘能力は遥かに上、年齢こそ同じですが尊敬すべき方です。それを大前提とした上であえて言いますねブッ殺すぞ。

「保科さん・・やばいです・・来る途中で車2台クラッシュしてました」

隊長「お!じゃあ俺らの通った後にまた事故ったんだ!ヤバイよね!」

「その状況を知りつつノーマルタイヤの僕をここまで来させた保科さんも相当ヤバイです」

隊長「大丈夫!だって杉山さんここまで来れそうな気がするもん、車でかいし重いからイケるっしょ」

うん、逝けるっしゅ

「とにかく・・なんとか・・生きます・・・行きます・・あと少しなんで・・」

隊長「待ってるよ!あ、杉山さん急いでね、早くこないと食べ物無くなっちゃうよ!おー!これ美味いね!!なにこれ!」

ブツ・ツーツーツー・・

無事に着いたら雪だるまで撲殺しようと心に誓いました。


結局、その更に30分後、命からがらなんとか無事にキャンプ場に到着。


隊長「おーー!きたー!おつかれー!すぎやまちゃーん!」

隊長ほか、参加した隊員が次々と「無事でしたか」「よくノーマルで来ましたね!」とねぎらいの声をかけてくれ、連続殺害気運も安堵感に包まれ消滅し、この後は焚き火を囲んでくだらない馬鹿話を酒と料理を頬張りながら楽しむという苦労して参加した自分へのご褒美の時間が始まるわけです。本当に辛く苦しい道のりではありましたが、成し遂げたという達成感はやはり何物にも変え難く、終わってしまえば苦しい道のりも無駄ではなかった、とそう思えた瞬間でした。


まあ最悪の地獄はマイナス6℃で完全に凍結しまくった翌朝の帰路なのですが、その話はまた別の機会にしたいと思います。事実は小説よりもえなりかずき。