ちぐはぐな「漢方薬のエビデンス解析」
2014年9月 2日 09:26これだけはつたえたいお話
先日読んでいた薬剤師向けの雑誌に漢方薬の臨床活用についての記事が載っていました。
概要としては一般診療医や薬剤師の方が漢方薬をより適正に用いる為には、という内容でした。
それ自体は現在の漢方薬の適正とは言い難い運用状態を見ると、漢方を服用される患者様にとっては望ましい事であり、良い事のように思えますがその中に気になる文面がありました。
『漢方薬の活用があまり進んでいない理由として漢方には未だにエビデンス(臨床データのこと)がないといわれていることがありますが、近年かなり集積されています』
漢方薬に臨床データが少ない事が問題、と言っているわけです。
これ、漢方を生み出し、扱って来た偉大なる先人達を愚弄しているとしか思えないコメントですね。正直強い憤りを感じます。
もちろんここで言っている「エビデンス」とはあくまでも西洋医学・西洋薬を主体とした現代医療体系の下での臨床データの事を指していると思われます。さらに文章にはこのような続きがありました。『漢方薬の作用機序を解明していかなくてはいけません』
・・・ここも要するに「漢方薬を化学的に分類・解析する」ということですね。
現代医学の性質上、西洋医学の考え方に当てはめて漢方を定義する必要性があるというのは理解できますが、そもそも漢方薬と言うものは数千年にも渡る西洋薬など足下にも及ばないほどの膨大な臨床データ、いわゆる「エビデンス」を積み上げて確立されて来た医学です。それを「エビデンスが足りない事が問題だ」とか「作用機序を解明していかなくてはいけない」などと言っている事自体がこれまでの漢方の知恵と知識の集積をあやふやなものだ、と否定し、漢方を誤って運用していく道をまっすぐに突き進んでいるようにみえます。
現在漢方を専門に扱い、漢方を深く愛する人間達がこの文章を読んだ時に感じる気持ちはおそらく皆同じではないかと思います。
このような事を言い続け、その方向に進み続ける限り漢方薬が西洋医学を主体とした現代医学の中で本来あるべき形での使われ方をする日はおそらく来る事はない、と私は確信を持って言えます。「漢方を化学する」事などできないと私は考えています。
西洋医学的な視点ではなく、あくまでも漢方は漢方を用いるための東洋医学的な視点で捉えてこそ初めて生きてくるのです。
だから花粉症=小青竜湯とか肥満=防風通聖散などというような無茶苦茶な使い方が横行してしまうのです。「皮膚科の漢方」とか「婦人科の漢方」とか無理矢理に科別に分けられた漢方薬達の悲鳴が聞こえてくるようです。漢方は全身を見て初めて選別が可能なお薬であり、部位特異的な西洋学の考えでは絶対に適正な運用は出来ないものです。
こんな考え方や使い方をされている限り、今後も私達漢方を愛し、扱う者達のより一層の精進が漢方を服用される方々のために必須である、と改めて感じた一日でした。